まちに住む人々14―公園の夜3

 夕飯を食べた後、1時間ほどウォーキングする。近所の都立公園をぐるっと、まわるのだが、最後は、野球場と広場の間に設置されたベンチでひと休み。広い園内は真っ暗。広場の先の温水プールから常夜灯の光が漏れるほか、ところどころに街路灯がともり、暗やみに光の道が仄かに映し出される。

 公園の北側からは歩道が整えられ、ゆったりとくねりながらボクのベンチの前を通過する。

ウォーキングしたあと、このベンチに辿り着くのが、11時を過ぎた頃だ。

 コッ、コッツ、コッ、コッツ……。ハイヒールの音が近づいてくる。暗い園内を通過するため、ハイピッチだ。そちらの方に目を向けると、カジュアルな服装の若者たちも近づいてくる。

 遅れて、来たのはややお疲れ気味の女性。それにスーツ姿の男性陣だ。

 仲良さそうに、連れだって歩いて来るカップル……。

 しばらくすると、人通りが絶え、また静寂な公園に戻る。

 軽やかに家路に向かう者、足取りも重く、疲れ果てた様子で家路に向かう者、夜の公園で時を過ごすと、一日を過ごしたさまざまな人々と出会うことができる。もちろん、言葉を交わすわけではない。だが、人々の足取りの音を聴いていると、不思議に元気が出てくる。重い足取りには、ゆっくり休んで、切り替えよう! と心の中で声を掛ける。軽やかな足取りには、「そう、ボクも元気だして行こう!」と励まされる。

 こんな、いのちのせんたくをしてわが家に帰るといつも決まって同じこたえが返ってくる。「また、公園に行ってたの! そんなところで座っていたら、不審者と間違われるわよ!」

 この一言で、一日働きづくめた現実のオヤジに戻ることになる。ハッ!(I.K.)

2012年

3月

12日

ツバキあれこれ

子どもの頃にはさほど好きでなかった花に、心惹かれるようになったことに最近気がつき、びっくりしている。

そのひとつに椿がある。しかしそのなかでヤブツバキは別格だった。

ヤブツバキだけは物心ついた頃から大好きで、木登りしたり、蜜を吸ったり、糸で繋いで花輪をつくったりして、気がつけばいつもヤブツバキのまわりで遊んでいた。

深緑色のつややかな葉が茂るなか、ハッと息を呑むほどの深紅の花は、たくさんの花をつけているにも拘わらず、なぜだか1本の花だけに吸い寄せられてしまう。それぞれみごとに咲いているのにである。そんな具合だからかヤブツバキの回りはどことなく静謐感が漂っている。

 そんなヤブツバキと違い、大輪で、華やかで、斑や絞りの入ったものは苦手であった。「見て! 見て! 見て! 綺麗でしょ! 美事でしょ!」といわれているようで、子どもながらに鬱陶しく思えたのである。

 その華やかなツバキたちをも突然、好ましく思えるようになったのである。

「年々にわが悲しみは 深くして いよよ華やぐ いのちなりけり」

 残り時間が垣間見えるようになったせいかも知れない。

 ともかく、春先になると一喜一憂。あげくは雑誌、書物、絵画などツバキとつくとすぐ反応してしまうようになったのにはわれながらあきれはてる。

 さて今年はどんなツバキに出会えるのだろうか、楽しみである。

(T.T.)

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2012年

3月

08日

まちに住む人々13―住んでみたい町・麻布十番

 『自転車で 東京建築さんぽ』という単行本の取材をしていたときの話。
 生まれてはじめて、三田から麻布十番というところを訪ねた。というのは、ボクは柴又生まれ。80代の父親にとっての叔父さんが中目黒に住んでいた、というのが一番遠方の親戚である。早稲田の叔父さんがその次。ボクにとっての叔父さんではなく父親にとっての叔父さんだ。
 もちろん、三田の慶応にいったことはあるが、それはあくまで慶応の校舎内まで。その裏まで足を運んだことはない。
 慶応を訪ねたのは田町駅からなのだが、取材の際には北側の芝公園側から三田に入った。すると、そこは別世界。三井の総本山であった。ルネサンスとバロックが採り混ぜられた、目を見張るようなおとぎの国を思わせる華麗な三井倶楽部。もちろん、その先には慶応大学だ。三井倶楽部の裏に慶応があるのか慶応の裏に三井倶楽部があるのかわからないが。
 三井倶楽部の先はモダンなイメージのオーストラリア大使館――と異世界をさまよう。
 これらが高台。ここから、ある建物を探しに台地を下りた。あらかじめ地図で目当てを付けてきたのだが、サッパリ分からない。先ほど通った道をまた再び通る。そりゃ何度通ったって、同じところじゃわかりゃしない。
 どこもビル街。人影もない。そんなところに、八百屋があった。生憎、店には誰も出ていない。思い切って、奥に声を掛けてみた。「すみませーん!」ちょっと、われながら悲壮感が漂った声だ。飲み物もなくなり、脱水症状気味。
 奥から、お姉さんが出てくる。「いらっしゃいませ~」ではない。やはり、客の掛ける声には聞こえなかったのだろう。
 このお姉さん、ボクの話を根気強く聞いてくれ(ここに至るまでに官憲にも道を尋ねている。その官憲、地方から駆り出されて来たらしく、地図を持ち出し、ちょっぴり訛りながらも懇切丁寧に教えてくれたのだが、事実ボクの方がまだ地理的状況が分かっていた)、実に親切の応対してくれた。
 と同時に、「ちょっと待ってください。古い話だと……」と電話をしたり、通行人を呼び止めたり(ご近所の知り合いのようだ)して、合同検討。えぇ! このわが国を代表するような建築群のなかで、皆がよって建物探しを手伝ってくれる?
                    *
 山手と下町というのは、エリアではなく、どこのまちにも存在する。まちにはオシャレなよそ行きの顔をした山手としての面と本音と情緒の下町的な面を兼ね備えているものだが、この台地の下の麻布十番の人情には感動させられた。いままで、まったく興味のないまちであったが、ボクにとって住んでみたい町No.1となった。都会への憧れと情緒。これらを満たしてくれるまちはないのではなかろうか。すっかり、惚れきってしまったのだった。(I.K.)
 

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2012年

3月

01日

まちにすむ人々12―公園の夜2

 夜の公園で出会うのは、洗濯オバサンだけではない。ほぼ、ボクと同じ時刻に登場する(食事や風呂に入る時間サイクルが同じ?)男性がいる。

 その男性は、いつも真っ黒なシルエットで登場する。というのは、薄暗い街路灯の下ということと、光が男性の奥から仄かに射しているので、夜にもか変わらず逆光となり、シルエットのようにしか見えないのだ。

 とはいえ、男であること。同時にそれなりの年配者であることは、さっすることができる。

 男性は、団地の方から一人で登場し、まっつぐベンチ横の灰皿へ。この間、ムダな動きは全くない。灰皿の脇に立ち、手際よく鋳物製の蓋を取り、中からシケモクを探り、選んで、またまた手際よく蓋を戻す。この間、男性の視線はずっと灰皿に集中する。辺りをキョロキョロすることはない。

 この男性、ボクの横の灰皿をあさることは決してない。と同時に、他のベンチ横の灰皿をあさることも決してない。常に、ボクと一つおいたベンチ横の灰皿のみである。

 うん~。オジサンも銘柄に拘るのかな?

 ボクが夜の公園に登場するちょいと前にも、ベンチに座っている間もいつも決まった灰皿だ。

 まあ、そういうボクも座るベンチはいつも同じ。単なる人間の習性なのか。

 「お爺ちゃん、また、そんなシケモク拾ってきたの!」そんな声が団地の中から、聞こえてきそうだが、いまだそうした声は聞こえてきたことがない。夜の公園は、静かだ。

(I.K.)

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2012年

2月

28日

まちにすむ人々11―公園の夜1

 ボクは、夕飯を食べた後、よく近所の公園に出かける。あまり、テレビを見る習慣がない、というか、実は家の中に居場所がないのかも知れないが、真っ暗な公園のベンチに座り、ひとときを過ごす。

 別に、何をするわけでもない。少ない街路灯のたよりない明かりをたよりに、本を読むわけでもない。老眼が進んだ目でそれは無理だ。

 ただ、ベンチに座って、ひとときを過ごすだけである。

 このよく行く公園に先客がいることがある。公園でまず最初に出会う施設がトイレなのだが、そのトイレから大轟音(轟音に大を付けるのはおかしい?)が響く。水を勢いよく流している音だ。しかも、半端な量じゃない。「誰か、いたずらで、水を流したままにしたのかな」そんな思いで近づくと。女性用のトイレからその音はする。女性用? ちょっと、ためらうものの、なかをそっと覗くと……。手を洗うボウルに衣類がうずたかく積まれ、なにやら、ゴシゴシと手を動かしている。うん? こりゃ、洗濯だ! 顔を覗くほど、勇気はなかったのだが、決して若い二十前後の女性とは思えない。

 で、トイレの前に再び目をやると、自転車が止められている。辺りを見まわすと、どこにも人影はない。いや~、このおばちゃん(もう、勝手におばちゃんと、決めつけてしまった)、自転車の荷台に山ほどに洗濯物を載せ、わざわざ、この公園に洗濯に来たんだ! 

 こんな経験をすると、のちのち、どうもこのおばちゃんと生活サイクルが一致してしまったように、公園利用は、おばちゃんが先か、ボクが先か、という自体。

 夜の公園もネタが尽きません。(I.K.)

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2012年

2月

27日

まちにすむ人々10―宮地陸橋

 尾久橋通りと明治通りの交差点、宮地に仕舞た屋のような、実はまだまだ営業しているパン屋がある。店は自宅の一角。店内は、人が一人二人入れるぐらい。ショーケースにはいくつかのパンが並ぶ。ホットドッグ用のパンに焼きそばやハムカツが挟まっている。玉子サンドなどもある。いわゆる、調理パンである。これらが歩道側からのぞき込めるのだが、実際、ガラスの引き戸を開けて店内にはいると、ソーセージ揚げパンなど揚げ物のパンも揃えている。調理パンは自家製だろうが、これらの揚げパンは仕入れ? と尋ねると、すべて店の奥でつくっているとのこと。なんと、み~んな、手づくりなのだ。しかも、安い!

 この一見営業していないような、実は安くて真心のこもったパン屋さん。爺さんと婆さんがやっていてるのだが、いつも思いを巡らせるのは、朝はどんなもの食べてるんだろう?

 店内に入ると、ご主人から味噌汁の香りが漂ってきた。う~ン、調理パン屋さんも朝は味噌汁にご飯を食べていた?(I.K.)

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2012年

2月

22日

まちに住む人々9―再びお茶の水駅

 「有名メーカー品が1000円、やぁーお姉さん1000円だよ! そこのお兄さん、このメーカー品が1000円」と海外有名ブランド品のマークが入ったバッグを高々と掲げ、「キョウビ、紙袋だって1000円する時代だよ。それが1000円だよ!」。JR御茶ノ水駅近く、お茶の水橋の袂(神田川の北詰)のちょいとしたスペースが商い場所だ。ビールケースの上にベニヤを乗せ、世界のバッグを陳列していた。ボクが買い求めていたのは、無名のバッグ。だったら、こんな橋詰めで買う必要はないのだが、お得意さん。

 紙袋も馬鹿げた値段が付いていたバブル時代だった。

 この露天商、時代がくだり、社会の変化を受け、コピー商品の追放などもあって、お茶の水橋の袂からいつしか消えていってしまった。

 ところが、今日、聖橋の袂で、バックを売っているお兄さんに出会った。お茶の水駅の東端、聖橋の袂だ。かつてのベニヤの上に商品を並べるのではなく、バッグが入った段ボールを並べ、紙に大きく1000円と表示。通行人に声も掛けず、アウトレット商品を並べるが如く、「1000円」と値段の安さを紙に書いて訴えていた。

 バッグの露天商が生き延びていた。力強く生き抜く豊かな生命力に感動! (I.K.)

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2012年

2月

21日

まちに住む人々8―淡路坂2

 今、進めている書籍の内容をご紹介するわけにはいきませんが、これに類した話を一話。

 かつて、一世を風靡した噺家がいました。東の古今亭志ん朝、西の桂枝雀――といわれた枝雀。その枝雀の落語のなかで「おもいで屋」という落とし噺があります。舞台は古道具屋。主人公はそこの婆さん。その古道具屋に男が訪れ、あれこれ品物を吟味する、という筋立てなのだが、話は婆さんは〈モノ〉を売っているのではなく、〈想い出〉を売っている、というところ。なので、大した想い出が込められていない机は市場価格から見ても突拍子もなく安く、逆に想い出がいっぱい詰まった耳かきは20万円、なんぞと法外な値段が付きます。外見はただの耳かきですが、その耳かきには……。実はこれは買ってからのお楽しみかも知れませんが、その婆さん、「これらの品物は、品物を通して、モノを通して想い出が蘇る、その切っ掛けとなるもの」という。それまでの所有者の想い出をともに分かちあえたくなったら、その品物を取りだし、想い出にひたる。

 モノというのは、その物自体だけでなく、それにまつわるさまざまな心の交流、胸が詰まるほどのいっぱいの想い出が含み込まれているはず。淡路坂のオジサンも摩天楼もともにボクの重い想い出として残されています。

 この想い出買ってくれる方いらっしゃる?(I.K.)

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2012年

2月

20日

「クエ」を食べました

先日、生まれて初めて「クエ」を食べました。

美味しい魚だという噂は常々聞いていましたが、なにしろ見たこともない魚だし、味覚というのは人それぞれ…。あまり期待もしていませんでした。

ところがこれが噂に違わず、本当に美味しかった!!!

 

刺身はほんのり桜色がかった白身(本当は薄造りにするのでしょうが、ちょっと厚めの56㎜)。

フグほどの弾力はなく、かといって柔らかすぎず。

食感は鯛に近いみたいだけど、鯛ほど柔らかくなく、癖のない甘み。

その甘みの余韻が、矛盾してるようですが「長〜くて、深〜い」。

おまけに鯛のような独特の匂いもない。

そしてコラーゲンたっぷりのアラ!

これがまた、刺身から想像する味とはまるっきり違う旨味でした。

皮と骨まわりは、フグそっくり。フグはアラもちょっと食感が立っている感があるが、アラにはそれがない。

口に含んだ瞬間、あっというまに溶けてしまいました。

本当に今食べた? というくらいの不思議な感覚。

 

美味しい酒は水のような飲口といいますが、「クエ」のおいしさはうまいけれど「すっきりした後味」にある! といいたい。

 

困ったことに、寒くなったら食べたい魚がまたひとつ増えました。

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2012年

2月

20日

まちに住む人々7―淡路坂1

 JR秋葉原―お茶の水駅間は300m。線路はかつて神田山と呼ばれた駿河台を神田川に沿って切り通しのような形で突き抜けますが、線路に沿った道は、大きな山登りとなります。これが淡路坂。

 神田川の北側には湯島聖堂、と外神田・秋葉原の電気街、南側にはニコライ堂――と都会の中での風光明媚。

 この淡路坂に、ドウコ缶で煮炊きをしていたオジサンがいました。

家財道具は、このドウコ缶と鍋。この坂道を通るたび、いつもご飯を炊いて食べていました。身綺麗で几帳面。いつもお粥のように炊かれた白い米がとても美味しそう。

 坂を登るたびに料理する姿を見かけるのでどんな仕事をしているのか分かりません。相変わらず、むやみに声を掛けるボクではないので、内情はまったく不明。ただ、「美味しそうですね!」とか、鍋の中を見ながらニッコリ顔を傾けると、口元を緩ませこたえてくれた姿がやさしそう。

 そんな平和に日が続いたある日、目の前のビルが次々壊され、大規模再開発が勃発。周囲何百メートルという距離を綱矢板で仮り囲いを巡らし、大型トラックが行き来するようになりました。

 法定の掲示板を見ると、わが国を代表する企業の本社になるそうで、さらにオジサンが居住している淡路坂の途中が正面玄関になみたい。

 オジサン大丈夫かな。誰もがこんな心配をしていましたが、不安が的中。とうとうビルの竣工間近、オジサンはいなくなってしまいました。

 淡路坂を登るたび、オジサンの笑顔とドウコ缶が蘇ります。誰が、オジサンを排除したのか分かりませんが、目の前に聳えたその大企業も、今解体され、新たな再開発ビルが立ちあがろうとしています。(I.K.)

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2012年

2月

19日

まちに住む人々6―お茶の水駅

 今日も休日出勤です。

 もう、ずっと昔の話。JRお茶の水駅の駅前、お茶の水橋側の出口に大きなカセットラジオを持ったオジサンが住んでいました。住んでいたところは、改札を出た右手、神田川側。

 働き者のオジサンは箒を持ってよく駅前広場を掃除していました。キオスクのお姉さん方から可愛がられ、よく持ち帰り弁当を食べていました。

このお掃除オジサン、音楽が好き。昼間は大音量でクラシック音楽を聴いていました。インテリ? たまには、都はるみの歌も聴いてくれましたが、基本的に演歌やポップスはお気に召さなかったようで、ボクにはちょっと高尚すぎるオジサン。

 掃除好き、きれい好きということもあって、みんなに愛されていましたが、日が暮れかかって来ると、JRのしかめっ面したお兄さんたちが、そこのけそこのけ、と排除。なにも悪いことをしているわけではないのに、邪険な扱いをされ続けていました。

 掃除オジサンはそんな扱いにもめげず、お茶の水の住民として暮らしてきました。

 「路上で住んでいても国勢調査の対象になるんだって」。国勢調査のある年のことそんな話が広がってきました。都心から人がいなくなり、千代田区も三万人を割るのでは、とささやかれていた頃です。

 調査は、深夜の0時。その時点で居たところで調査を実施するとか。オジサンの住居は神田駿河台。ところが、その前日から突然行方不明。国勢調査を嫌がってちょっと逃げた? ところが、その後お茶の水には現れず。まだ、現在のような不況、ホームレスなんていなかった時代の話です。

あのオジサン、今でも覚えている人います?(I.K.)

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2012年

2月

18日

まちに住む人々5―荒川の河川敷2

 ボクにはあらゆる分野に師匠がいます。まぁ、勝手にこっちが師匠と崇め奉っているんですが、中には、師匠と呼ばせてと宣言して呼ばせていただいている方もあります。

 と、こんなボクですが、逆にボクのことを“先生”とか“師匠”と呼ぶ人はいません。それはそれで、まぁ、一般的にはそんなもんでしょう。人に尊敬されることなどありゃしない。

 ところが、ボクのことを密かに“師匠”と奉っている方がありました。荒川の河川敷、アスレチックコーナーのオジサンです。いつもブルーの体操着を来たマッチョ。週何回か有料のアスレチッククラブ(公園仲間ではきわめて珍しい)に通っているそうで、その日以外は河川敷で腹筋や腕立てなどをこなしています。

 このマッチョオジサン、心根の優しい人で、他の人が腹筋台を使いたそうなときには、さりげなく他の器具を使って身体を鍛えたり……。言葉で「どうぞ」などといわないところがまた奥ゆかしい。

このマッチョオジサンとはさほど親しいわけではありませんでしたが、しっかりボクの柔軟体操を見ていたようで、ある時「チョット見て」と股開きのコーナーで、「こんなに開けるようになったんですよ」とお披露目。ボクの体操する姿を見て、一年掛けてここまで足を開けるようになるよう、毎日頑張っていそうで、畳一畳分ほどの木の台の上でも披露。そしてニッコリ。ご主人までとは行かなくとも師匠として毎日みながらそれを励みにしてやってきたんですよ、とのこと。そういえば、同じようなことをしていたようにも思います。

 人間、なんの取り柄もないようでいて、どこかいいところがある? (I.K.)

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2012年

2月

17日

まちに住む人々4―荒川の河川敷1

 自転車で事務所まで通うのに、数種類のコースがあります。その一つが、荒川の河川敷を通って事務所に行くコース。途中、水辺なのでハクセキレイを見ることもできる。ハクセキレイは地上を歩いているので見つけやすい。地上を歩くといえば、今も季節ならツグミもみられる。大きさ色合いはヒヨドリと同じようなものだが、目の上が白い。

 この荒川に車椅子を体験できるコーナーがあった。あったというのは、現在は閉鎖されてしまっているからなのだが、その隣りに整備されたアスレチックコーナーは今も健在。本来は、リハビリを目的としたコーナーの筈ですが、利用者は皆アスレチックコーナーとして利用しているようです。

 ここで出会った方は、近所の経師屋さん。経師屋というのは表具師ともいい、襖紙の張り替えから書画 の表装まで“貼る”のが仕事。アスレチックコーナー近くの(もちろん、土手を越えた住宅街)都営住宅で永く仕事をしていたのだそうだが(1階部分で自由に仕事ができたそうです)、建て替えとかで近くの団地へ。こちらで経師屋を続けることはできず、現在はリタイア。朝、河川敷まで来て、カラダを動かし、その後、区の図書館へ行って昼間で。昼飯を食べにいったん自宅に帰って、午後からは何をするんだっけ? 一日をほとんど外で過ごす親しい仲間です。

 この経師屋さん、病気の百貨店。病気のことなら何でも聞いてください、という方で、病気の生き字引だったんですが、年を越し、明けるとぱったり登場せず。

 突然、こなくなってしまいました。白内障はともかく、週1回?2回(ボクも人の話をきちんと聞いていない!〈反省〉)人工透析に通わなけりゃいけないのに……。(I.K.)

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2012年

2月

16日

まちに住む人々3―人形を抱えたオジサン2

 公園で出会う人形を抱えたオジサンの話の続き。
「その人形……」といっただけで、「何?人形??」と我に返られ、「うちの子のことを」と嘆かれ、オジサンの心を傷つけそうで何も聞けないのだが、園内をウォーキングする際にも左手で抱えて降ろさないところを見るともしかして腹話術師とも思えるのだが(数年前亡くなりましたが、近所にはボケで一世を風靡した柳家小せんさんが住んでいました)どうも、人形の口が動く風ではなく、きわめてリアル。
 とにかく、親しくなって、でも核心的なことには触れず。とはいえ、人形オジサンは理解力抜群。他のオジサン連中は、ご自分がリタイアしたのと同時に公園に集まってくる人々は皆リタイアしたオジサン、と思ってしまうとところがあるにも拘わらず、人形オジサンは「ふ~ん、まだ現役で働いているんだ。しかも、自分の事務所に通っている」。こんなことを理解してくれました。
 ところが、この人形オジサン、最近見かけません。公園横の赤提灯でその話を持ち出すと、「え、知らなかったの? あの人形抱えた爺さんだろう、死んだよ。結構経つよ」と教えてくれました。
 「あのオジサン、なんで人形抱えてたか、いやそもそもあれ人形と思ってたのかどうかしってます?」そんな疑問を初めて他人にぶつけてみると、「そうだよな~。おかしいぜ! でも、おれは話したことないし、近づいたことないからわからね~な~」と一言。
 思い返すと朝、「仕事かい? 自分でやってるんだろう。掃除だけでもいいんだ、お宅の事務所で働かしてよ」こんな懇願をされたのが最後の会話でした。
 しばらく、二人(三人)で、カルガモの親子を見て、いつも通り自転車で出勤。「気を付けなよ」って背後から聞こえた声が人形オジサンの最後の声でした。
 仕事を求めていた、それともいっぱいいっぱい話を聞いて欲しかった? 問いただして欲しかった?(I.K.)

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2012年

2月

16日

まちに住む人々2―人形を抱えたオジサン1

 ボクは時間ができるとほとんど公園で過ごす。午前も午後も。

 毎朝出会うオジサンたち。「オハヨー!」「お~、今日は仕事?」。この会話はラジオ体操にいっても、出勤前、公園で体操をしているときにも繰り返される。最初は、ヒゲは白いものが交じっているけど、まだまだ現役で働いている、と訴えていたが、何度も繰り返されるので、「ハイ、仕事です」なんて素直に受け答えるようになっている。「う~ん、いいね、仕事かい」こんなこたえが帰ってくる。

公園では様々な人たちと会う。その一人が人形を抱えたオジサン。オジサンといっても六〇代半ば過ぎ。身なりは綺麗にしているのだが、いつも大きな人形を左手に抱えて登場するのだ。人形の大きさは一~二歳の子どもの大きさ。実に大きい! いつも綺麗な洋服を着せ、片時も離さない。

 チョットおかしい? そんな風に感じていました。でもおかしいのは子どもを抱えていることだけ。公園では有名人だ。

 どんなことが切っ掛けだったろうか、いつしか会話を交わすようになった。「オハヨー。今日は寒いね」たわいもない会話だ。話につじつまが合わないことはない。最後には「今日は仕事に行くの?」といって送ってくれる。他の公園仲間とまったく同じだ。

 ボクの特徴は疑問があっても問いたださないことだ。「その人形はどうしたの?」「なぜ抱えてもっているの?」「いつから持っているの」「着せ替えの洋服は自分で縫っているの?」聞きたいことは山ほどある。そんな質問をしたおじさんたちもいるかも知れない。でも、ボクは何も聞けない。何も聞かないオジサンがいるたので、人形オジサンのほうから声を掛けてきたのかも知れない。(I.K.)

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2012年

2月

15日

まちに住む人々1―ハーモニカを吹く青年

 ボクの生活範囲は、自宅近くの公園と荒川の河川敷、それに事務所。

 自宅近くにはURの団地があり、その団地を分けるように都の公園が貫く。

 その公園には、休日の午後、♪♪♪ゆうや~けこやけえの赤とんぼ……と、郷愁とともにうら悲しさをそそるハーモニカの音色が響き渡る。このハーモニカが実に上手い! 人の心を打つ。

 「お兄さん、ハーモニカ上手だね。いつもどこから来るの」そんな疑問と声掛けをしたいのだが、なんとも見知らぬ人にいきなり声を掛けるのもはばかれる。

 このハーモニカ、何時間にもわたって披露してくれるのだが(練習ではない、曲は完成品!)、どこの子も親も、通行人も声掛けをすることはない。小さな子どもは人懐かしく接し仲良くなるのだが、近づく子どもたちすらない。

 青年はすらっとした体型。細身だが、神経質そうではない。だからといって人なつっこい、というわけでもない。ごく普通の青年で、ただちょっぴり知育の発育があるようにも見える。とはいえ、変な青年では決してない。ボクは、声も掛けず、午後のひとときは広場のベンチに座って、一人演奏を聞くのを楽しみにしていた。

 いつの頃か、この青年を見かけなくなった。そのご、ふたたび現れたときには剣玉を持っていた。

ボクの友人は剣玉の糸を切り、玉に穴が空いた部分の表面を切り開き(すり鉢のような形。表面が広く中は細い)糸なしで剣玉を自由に操る名人がいるが(本人曰く、糸付きで剣玉をするなんて野暮とのこと)、くだんの青年は、糸付き。それがなんとも自由自在に剣玉を操る。正に名人だ。

 今度は剣玉の妙技を見せて貰うのが楽しみになった。 (I.K.)

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2012年

2月

14日

電車内考現学?―携帯の割合

 普段、事務所まで1時間ちょっと掛けて自転車通勤していますが、雨の日には電車で通勤。そんな日のこと。

 運よく、始発電車の車両の先頭部分に座れチョット一段落(帰りの電車です)。と、ボクから見て右手のお客さんに違和感を覚えました。何とはなしに横目使いしながらみると、本を読んでいました。

 外国人から、「日本人は皆、車内で本を読んでいる。異様な雰囲気だよと、聞いて来たけど、実際は本を読んでいる人なんかいなかった」という話を聞いたことがありますが、う~ん、最近ではきわめて稀かも。

ボクの左側は携帯に熱中。そこで、目の前の席に目をやると、三人座れる席全員、つまり三人とも、携帯やスマートフォンを操作中。

 乗客が混んできて、ボクの目の前にも人が立ち、目の前の三人に目をやると、二人は携帯(一人はイヤホンで音楽鑑賞?)。一人は車内に吊り下げられた週刊誌の広告チェック。

 う~ん、席数、三+三それに人立ち(この場合人立ちとはいわないでしょうが)三人、合計九人中、携帯・スマートフォンが六人、車内広告チェックが一人、読書が一人、という割合。ちなみに読書している本をのぞき見るとマンガ本でした。いやはや、それらを観察しているボクも員数に入ります! 1/9の割合で観察している者もいる? (I.K.)

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2012年

2月

09日

立ち飲み学会


 東京新聞に缶詰バー(立ち飲み)の記事が紹介されていたので、スキャンしてS社の編集長に送付。すると、「不節制がたたって痛風を再発!」とのことで、とても立って飲める状態ではないとのこと。ウワサを聞きつければ連れだって大阪までも飲みに行く、という猛者も痛風には勝てませんでした。
 そういう小生も、数日前の日曜日から、急に足が腫れ(足にキズがあり、そこからウィルスが入って活動をはじめているそうです)、強烈な鎮痛剤を服用しなければ歩けない状態。トホホ。
 まずは、節制をして体調を戻し、一日も早く、缶詰バーへ! (I.K.)

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2012年

2月

02日

ガード下学会に珍客乱入?

 先日、今年初めてのガード下学会が開催されました。ルートはJR上野駅(不忍口)からアメ横を通って、御徒町、さらに2k540 AKI-OKA ARTISAN、それに続いて、秋葉原―神田まで。1時30分に出発して、4時30分までの3時間の行程。今回のナビゲータはUさんとTさん。慣れ親しんだ、ルートでしたが、普段自分で歩いているコースと違った路地に入ったりしてこれも楽しい。多くの人と歩くと(今回は飲み会の席の段階で20名近く)、人の数だけ眼の数が増え、それぞれが微妙に興味の対象が違うため、さまざまなものが発見できます。

 と、考えながら、歩いているときに出会ったのが、お菓子の仁木。「ニキニキニキニキ二木の菓子!」の二木の菓子。菓子の卸もしているのかとっても安くて、種類も豊富。そこで、おやつ代わりに菓子を買い、ガード下の仲間に配っていると、「うん?」見たことのない女性! 誰かの知り合い? ガード下は知り合いが知り合いを連れてくるため、存じ上げない方も結構います。ニッコリして手を差し出してくれたので、菓子を差し上げ、ちょっとご挨拶。U嬢も几帳面にお菓子のお裾分けをしていました。

 それからしばらく、どなたの知り合いかな? などと考えながらしばらく歩いていました。

歩き終わって、ガード下での宴会の席。「今日さ、途中で変な人一緒に歩いていなかった?」「うん、お裾分けの飴も食べていたし、仲間だと思っていたら、途中からいなくなったんですよね」「え、そう、あれ、菓子を貰っただけの人?」「でも、少し付き合いで歩いていた!」

 そう、今回のガード下では、ちん入者乱入! でも、ステキな女性でした。 (I.K)

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2012年

1月

28日

み~つけた!2

 

いつのまにか更地になった場所に、ホトケノザ発見! 

 小さな茎を真っ直ぐ天に向けている。

 

花探しをしながら走ってはいるのだが、それでも朝は気ぜわしいし

それなりのスピードも出ているので気づかずに通り過ぎるのが常だ。

それでも時々、向こうの方から声をかけてくれるのだろうか、不思議と眼に入ってしまう。

そんな日は、一日が楽しい。

 

都市の空き地では、建築工事が入ったり、犬や猫に荒らされたりして、草花たちはなかなか安住できない。一日でも長くそこにいてくれるのを願うばかりだ。(t・t)

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2012年

1月

27日

み~つけた!

毎日寒い日が続いています。自転車通勤をしていると朝が一番寒いです。

できるだけお日様のさすほうを走りたいのが本音ですが、左側通行は厳守! 

それでも寒いときは恐る恐る歩道を走っています。快適さにはなかなか勝てませんね~。

 

通勤途中の「播磨坂」(小石川植物園前)は、植物観察チェックポイントのひとつ。

ここには小さいながらも何本かのサンシュユの木があります。

今年は近年になく寒さが厳しく、サンシュユの花芽が少し遅れ気味。

去年は豊作だったとみえまだヤマグミに似た赤い実がたくさん残っていて、

墨色の風景のなかで人目を引いています。

近寄ってみると鬱金色のうぶ毛をうっすらと纏った小さな蕾。

先っちょを針でつついたくらいの隙間から黄色の花芽がのぞいていました。

もうすぐ、小米を撒いたような黄金色の花に会えそうです。 (t・t)

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