まちに住む人々7―淡路坂1

 JR秋葉原―お茶の水駅間は300m。線路はかつて神田山と呼ばれた駿河台を神田川に沿って切り通しのような形で突き抜けますが、線路に沿った道は、大きな山登りとなります。これが淡路坂。

 神田川の北側には湯島聖堂、と外神田・秋葉原の電気街、南側にはニコライ堂――と都会の中での風光明媚。

 この淡路坂に、ドウコ缶で煮炊きをしていたオジサンがいました。

家財道具は、このドウコ缶と鍋。この坂道を通るたび、いつもご飯を炊いて食べていました。身綺麗で几帳面。いつもお粥のように炊かれた白い米がとても美味しそう。

 坂を登るたびに料理する姿を見かけるのでどんな仕事をしているのか分かりません。相変わらず、むやみに声を掛けるボクではないので、内情はまったく不明。ただ、「美味しそうですね!」とか、鍋の中を見ながらニッコリ顔を傾けると、口元を緩ませこたえてくれた姿がやさしそう。

 そんな平和に日が続いたある日、目の前のビルが次々壊され、大規模再開発が勃発。周囲何百メートルという距離を綱矢板で仮り囲いを巡らし、大型トラックが行き来するようになりました。

 法定の掲示板を見ると、わが国を代表する企業の本社になるそうで、さらにオジサンが居住している淡路坂の途中が正面玄関になみたい。

 オジサン大丈夫かな。誰もがこんな心配をしていましたが、不安が的中。とうとうビルの竣工間近、オジサンはいなくなってしまいました。

 淡路坂を登るたび、オジサンの笑顔とドウコ缶が蘇ります。誰が、オジサンを排除したのか分かりませんが、目の前に聳えたその大企業も、今解体され、新たな再開発ビルが立ちあがろうとしています。(I.K.)